(第1回)報徳と図書館

(第1回)報徳と図書館

掛川市立中央図書館 司書 前田 宏希

 図書館サービスの一つに「レファレンス・サービス」というものがあります。ごく簡単に言ってしまえば、図書館利用者が調べたいことについて図書館司書が調べるお手伝いをするサービスです。
このレファレンスの仕事に携わっていると、時には予想しなかった新しい情報と巡り会う幸運が訪れることがあります。
今回は昭和29年9月8日号の郷土新聞から面白い記事を見つけました。

「鷲山恭平翁記念図書館 土方村で文化センターとして設立」

 鷲山恭平氏は大日本報徳社副社長や土方村(ひじかたむら:現 掛川市)村長を歴任し、土方村の報徳運動の中心となった郷土の偉人です。分家筋に吉岡彌生氏(東京女子医大創立者)がいます。吉岡彌生氏のほうが鷲山恭平氏より1年年上でした。
新聞記事によると、当時の土方村は鷲山恭平氏の記念碑を建立しようと計画したところ、鷲山氏本人から「そんなことに金を使うより、文化的な仕事をしたらどうか」と辞退し、代わりに鷲山氏の1万冊の蔵書と蔵を寄贈し図書館を作るようにと村側に勧めたというものでした。
この「鷲山恭平翁記念図書館」計画はその後どうなったのか。私自身調べたのですが、いまのところよくわかりません。なぜなら昭和30年に土方村は合併をして城東村となってしまったからです。現在、大日本報徳社に新聞記事のコピーをお渡しして調査をしていただいております。

 ところで、この鷲山恭平氏の図書館についてのお話、おそらく報徳図書館のことが念頭にあったのではないかと私は想像しています。
報徳図書館は「淡山翁記念報徳図書館」が正式名称であり、昭和2年に完成した私立の公共図書館でした。現在も建物は残っており、蔵書は掛川市立中央図書館で管理しています。
大正9年に二宮尊徳(金次郎)の四大門人(弟子)で、大日本報徳社社長でもあった掛川市倉真出身の岡田良一郎(淡山翁)の十三回忌を記念する事業を大日本報徳社が計画しところ、「図書館を」との意見でまとまり、図書館建設が始まったという経緯がありました。
記念碑より図書館を。鷲山恭平氏は報徳図書館の設立経緯をなぞるように自身から図書館の設立を提案したのではないかと思います。

 この土方の偉人鷲山恭平氏のお孫さんは、東京学芸大学の学長を務めた鷲山恭彦氏です。
鷲山恭彦氏は東京学芸大学の学長になる前は同大学の附属図書館館長でした。鷲山恭彦氏は平成11年の附属図書館長就任時に「真理がわれらを結びつける」と題したコラムを同大学の図書館ニュースに掲載しています。
国立国会図書館法の前文にある「真理がわれらを自由にする」という文章についての考察や、学生時代に国立国会図書館法の前文にこの文章を入れた張本人とされる羽仁五郎氏を講演会にお迎えしたときのエピソードなどを盛り込みながら、21世紀の図書館は「真理がわれらを結びつける」ことを新しいモットーとしようと提案したのでした。

 20世紀末に書かれた、この鷲山恭彦氏の言葉は、今図書館界で現実のものとなってきました。
図書館員は、カウンターで本を貸すことだけが図書館員の仕事ではなくなり、必要とされる情報や人などを図書館員がつなぎ合わせることによって、利用者にとって価値のあるサービスを提供する時代になってきました。

「知識がわれらを結びつける」

 鷲山恭平氏の遺志は、現在、掛川市立大東図書館として形になり、まもなく10年になります。そして鷲山恭彦氏が提案したモットーは掛川市の図書館と報徳思想との「結びつき」も示しました。図書館が所有する情報を「過去」から「現代」そして「未来」へと次世代に結びつけることが私たち図書館員の使命だと思います。

鷲山恭彦さんのコラムについて

https://library.u-gakugei.ac.jp/lbhome/news/TGULN281.PDFをご参照ください。

「鷲山恭平翁記念図書館」について

「鷲山恭平翁記念図書館」についてご存じの方は掛川市立中央図書館(0537-24-5921)までご連絡願います。